東京高等裁判所 昭和35年(行ナ)136号 判決 1964年4月23日
原告
株式会社エビハラ造花製作所
右代表者代表取締役
海老原新蔵
右訴訟代理人弁理士
秋本正実
被告
丸二セルロイド株式会社
右代表者代表取締役
坂田松次
右訴訟代理人弁理士
田中博次
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、請求の趣旨
原告代理人は、「昭和三四年審判第四二七号事件につき特許庁が昭和三五年一〇月一四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求の原因
原告代理人は、請求の原因として次のように述べた。
一、被告は昭和三〇年一二月一三日登録出願昭和三三年六月一二日登録にかかる第四七八、〇五三号実用新案「合成樹脂製造花」(以下本件実用新案という)の権利者であるが、原告は、昭和三四年八月一日特許庁に対し右実用新案の登録無効審判を請求したところ(昭和三四年審判第四二七号)特許庁は昭和三五年一〇月一四日右請求は成り立たない旨の審決をし、その審決書謄本は同年一〇月二六日原告に送達された。
二、右審決は、本件実用新案の考案要旨中「中央を漏斗状(5)とし中心孔(6)を設け花弁(2)を合成樹脂で形成し、また中央を漏斗状とし下部に小筒部(7)を設けその中心に孔(8)を穿設した体(3)を合成樹脂で形成し、花弁(2)の孔(6)および体(3)の孔(8)へ針金にゴム・合成樹脂等を被覆した軸(1)を挿通した構造」は「花弁(2)および体(3)の孔(6)(8)の内周と軸(1)の外周との間に強い摩擦があつて、花弁(2)および体(3)が軸(1)の上下いずれの位置にも定着するばかりでなく、軸(1)に対し花弁(2)および体(3)を回転すなわち向きを変えても、その向きを変えた位置において定着することができる」という作用効果からみて特に重要な構成要件であるとし、請求人(原告)が前記審判事件において甲第一号証として提示した昭和一四年実用新案出願公告第七一七一号公報〔本訴における甲第一号証、以下甲第一号証公報という。〕には、中央に凹陥部を有する花弁をセルロイドで形成し、これに花芯(3)を有する線条(4)を挿通したものが記載され、また甲第二号証として提示した昭和二六年実用新案出願公告第九五八四号公報〔本訴における甲第三号証、以下甲第三号証公報という。〕には、プラスチツク製花芯(1)(2)に茎(4)を接着したものが記載されていることは認められるが、前示の本件実用新案の考案要旨中の特に重要な構成要件に相当するものは右いずれの公報にも記載されておらず、且つこれらに記載されているものを単に寄せ集めても容易に得られるものではないと認められるので、これらの公報の記載によつて本件実用新案が旧実用新案法(大正一〇年法律第九七号)第一条の考案を構成しないものとすることはできないと判断しているのである。
三、しかしながら、右審決は次に述べる理由によつて違法である。
(一)1、審決は、前記甲第一号証公報記載の事実の認定を誤つた違法がある。
右公報中には、審決の認定している「中央に凹陥部を有するセルロイド製花弁に、花芯(3)を有する線条(4)を挿通したものが記載されているだけでなく、「中央部に凹陥部(2)を設けた花弁の二枚ないし数枚を互に喰い違わしめてそれぞれ他の凹陥部に嵌入重合し、これに花芯(3)を有する細長き線条(4)を挿通した構造」が図示および明記され、且つ「花弁をそれぞれ他の凹陥部に嵌入重合するから、各花弁は常にその位置を確保し不規則に乱れる如きことがない」という作用効果も明記されているし、さらに、その第一図には芯材にテープ状のものを巻きつけた線条(4)が図示されている。これらのことからみれば、線条(4)の外周は多少の弾性を有し、また線条(4)の挿通孔の周囲が凹陥状(漏斗状)となつているため、花弁の素材(セルロイド)の有する弾力のみでなく、凹陥状部によつて拡開縮少の弾力が付与されるので、線条(4)と花弁(1)との間にはある程度の摩擦があり、本件実用新案の花弁(2)または体(3)と軸(1)との間の摩擦力に比し程度の差はあるにしても、少なくとも「花弁の向きを変えても、その向きを変えた位置において定着する」に足るものと考えられる。審決は、甲第一号証公報に記載されている右のような重要な構造およびその構造によつて生ずる作用効果を看過しているものというべきであり、この点において重要な事実認定の誤りがある。
2、審決は、本件実用新案の要旨とする構造とその構造から生ずる作用効果に関する判断を誤つた違法がある。
すなわち、審決は、その認定にかかる本件実用新案の作用効果からみて、「中央を漏斗状とし中心に孔(6)を設けた花弁(2)を合成樹脂で形成し、また中央を漏斗状とし下部に小筒部(7)を設けその中心に孔(8)を穿設した体(3)を合成樹脂で形成し、花弁(2)の孔(6)および体(3)の孔(8)へ針金にゴム・合成樹脂等を被覆した軸(1)を挿通した構造」が本件登録実用新案の特に重要な構成要件であるとしているが、審決の認定している前記の作用効果は右の構造から生ずるのではなく、「花弁(2)および体(3)の孔(6)(8)の内周と軸(1)との強い摩擦力」から必然的に招来されるものであつて、花弁(2)および体(3)の中央の漏斗状の構造や小筒部(7)の存在によつて左右されるものではない。本件実用新案の最も重要な点は、むしろ「花弁および体の中央を漏斗状とし、その中心に孔を穿設してこれに芯座状の止め(9)を有する軸(1)を挿通した構造」にあるというべきであつて、この構造は、甲第一号証公報に明記されているところである。そして、造花においては、芯材(軸)と花弁との間に強固な結合関係を保持せしめる必要があるので、例えば芯材挿通部に十文字形の切目を入れ、その切片を押し開いて切目の中心に芯材を挿通したり、あるいは小さ目の孔に芯材を強制的に挿入したりして、両者を摩擦結合せしめることが古くから普通に実施されているのである。それゆえ、本件実用新案は従来公知の摩擦結合手段をさらに強固ならしめるために、甲第一号証公報記載の花弁やを合成樹脂で成型し、また軸(1)を合成樹脂やゴムで被覆したことに帰着するのである。なお、造花というものは元来自然の花に似て造るものであつて、花弁の向きを変えたり花弁を粗密にしたりすることは造花としての生命を失わせ商品としての価値を少なくするものであるから、本件実用新案の作用効果として審決が認定しているようなことは、造花として不要無意味のこととさえいえるのである。
3、それゆえ、本件登録実用新案は甲第一号証公報および造花材料にプラスチツクを使用したものに関する甲第三号証公報に容易に実施し得べき程度に記載されたものまたはこれに類似するもの、あるいは右両公報の記載から当業者が容易に推考し得べきものに該当し、旧実用新案法第一条所定の登録要件を具備しないものというべきである。
(二) 仮に右(一)の主張が認められないとしても、審決は次の刊行物の記載を看過した違法がある。すなわち、本件実用新案の出願前である昭和三〇年八月一日特許庁資料館に受け入れられ爾来一般の閲覧に供されている仏国特許第一、〇九二、七一八号明細書は、ブラスチツク製造花発明に関するものであるが、これには次の事柄が図示および明記されている。(イ)プラスチツク製の各部品を組み合わせて一つの造花を作るもので、糊づけその他種々の構成部品による固定を必要としないものであること、(ロ)第一番目の花弁群(2)は、繋材(3)によつて茎(4)に連結されており、組み立てられたとき頭をもたげて芯を形成すること、(ハ)二番目以下の花弁群(6)(8)(10)は、中央の漏斗状基底部(7)(9)(12)につながつており、その底の中央部に孔が穿たれていること、(ニ)(13)は底に孔(14)が穿たれており、その孔の大きさは中心花弁部の茎(4)がきつちりと嵌合する大きさであること、(ホ)第一番目の花弁群(2)の茎(4)に、二番目以下の花弁群(6)(8)の基底部(7)(9)(12)を嵌め込み、繋材(3)は基底部(7)(9)(12)を貫通してかなり垂直に立ち、これら各部品を構成する物質の弾力性のために繋材はそのつけ根のところ、すなわち基底部(7)(9)(12)の下でふくらみをもち、花の各部品はその固定性を保持されること、(ヘ)最後に、(13)を(4)茎にきつちりと嵌め込むこと。
右仏国特許明細書に示された造花と、本件実用新案の造花とを比較すると、「中央を漏斗状とし中心に孔を設けた花弁を合成樹脂で形成し、また中央を漏斗状としその中心に孔を穿設した体を合成樹脂で形成し、花弁の孔および体の孔に合成樹脂製の茎を挿通した」構造において一致し、本件実用新案の造花にあつては、軸(1)に花弁(2)の孔(6)を直接嵌合し、体の下部に小筒部(7)を設けてあり、また軸(1)は針金にゴム、合成樹脂等を被覆したものであるのに対し、右明細書記載の造花では、茎(4)と一をなす繋材(3)が花弁の漏斗状部の孔に嵌合されるようになつており、体に小筒部がなく、また軸の針金について記載がない点において差異がある。しかし、右明細書には、(13)を茎(4)にきつちりと嵌合することが図示および明記されている以上、この手段を花弁にも適用することは格別の考案力を要せずして当業者が容易になし得ることであり、また本件実用新案において、体の下部に小筒部(7)を設けたことは、体(3)を軸(1)の上下いずれの位置にも確実に定着し得るという作用効果に格別の関係があるものとも考えられず、さらに茎に針金を挿通するというようなことは、茎に適当な硬直性をもたせるために造花業界において古くから実施されてきたことにすぎない。してみれば、結局本件実用新案は、前記仏国特許明細書に容易に実施し得べき程度に記載されたものまたはこれに類似するもの、あるいは少なくとも前記甲第一号証公報と右明細書の各記載から当業者が極めて容易に実施し得る程度のものにすぎないのであつて、この点からしても、本件実用新案は旧実用新案法第一条所定の登録要件を具備しないものといわざるを得ない。
なお、前記仏国特許明細書は、本件に関する特許庁の審判事件において提出しなかつたものであるけれども、本件訴訟は、特許庁のした審決が違法であると主張してその取消を求める訴訟であり、行政処分に対する不服の訴という点では、他の行政訴訟となんら差異がないのであるから、審決の取消を求める利益ある限度において、新たに公知刊行物としての存在を主張することを妨げられるものではない(最高裁昭和二六年(オ)第七四五号同二八年一〇月一六日判決・東京高等裁判所昭和二七年(行(ナ))第三〇号同二八年一一月五日判決参照)。のみならず、特許庁の審判事件において、原告は甲第一号証公報その他の公知刊行物を引用して、本件登録実用新案が旧実用新案法第一条所定の「新規ノ型ノ考案」に属しないことを主張したのであり、原告が本訴において引用する前記仏国特許明細書も右の主張を補強するためのものにすぎず、審決の判断の基礎とした事実と全く別個の事実を主張するものではない。しかもまた、特許庁の審判手続は職権主義によるものであり、当事者の主張引用がなくとも、いやしくも実体的真実発見に資するものである以上、審判官は進んでその事実を探究し、またこれが証拠調をすることもできるのであるから、本件実用新案の登録出願前特許庁資料館に受け入れられた公知刊行物である前記仏国特許明細書について審理をしなかつたのは、実務上はともかく、審理不尽のそしりを免れ得ないすのであり、ましてや原告が右明細書を本訴において引用提出し、改めて事実の確定を求めることはなんら差支ないものというべきである。
第三、答弁
被告代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対し次のように述べた。
一、原告主張の一・二の事実は認める。
二、同三の見解については、次に述べる理由によつてこれを争う。
(一) 原告主張の三の(一)の1のについて
本件登録実用新案の説明書中において「伸縮の弾力」および「摩擦」といつているのは、軸(1)に対して花弁(2)および体(3)などがその向きを変えても、また密生させたり疎生させたりしても十分その位置において定着するために必要な弾力と摩擦とを意味することは、右説明書の全文の記載からみて明らかであり、この必要な弾力と摩擦とを有する材料としてゴム・合成樹脂等を用いているのである。
これに対し、甲第一号証公報の説明書に示されたものはセルロイド製造花であつて、その花弁は(1)セルロイド薄片と記載してあるから、摩擦力は小さく、またゴムあるいは合成樹脂のように大きな柔軟性と伸縮の弾力のあるものではない。また、同説明書第一図の線条(4)には斜め状の線が画かれているが、これについてはなんら説明文が記載されていないので、それがたとえテープ状のものを巻きつけたものであるにしても、そのテープの材料が何であるかは、右説明書の記載からは不明である。ただ、右公報に示された実用新案の登録出願がなされた当時すなわち昭和一三年頃のわが国における造花の技術水準では、線条としては針金に薄い紙テープなどを巻いたものが普通であつたのであるから、甲第一号証公報の説明書に示された線条(4)の材料もそのようなものであつたろうと推測されるが、このような材料はゴムあるいは合成樹脂のような弾性および摩擦力を兼ね備えているものではない。甲第一号証公報には「各花弁(1)は常に其の位置を確保し不規則に乱れるが如きことなく」と記載してあるが、セルロイドの薄片を切截した花弁(1)に針金に薄い紙テープなどを巻いたような線条(4)を挿通したものでは、その花弁(1)の向きを変え、また密生あるいは疎生の状態にした場合に花弁がその位置において定着するものであるとは考えられない。すなわち、本件実用新案においては、甲第一号証公報記載の考案では得られない効果を得ることができるのであつて、両者間には顕著な差異があるものといわねばならない。
(二) 原告主張の三の(一)の2について「花弁および体の中央を漏斗状とし、その中心に孔を穿設してこれに芯座状の止め(9)を有する軸(1)を挿通する構造」が本件実用新案の最も重要な点であり、その作用効果は花弁(2)および体(3)の中央の漏斗状の構造や小筒部(7)等の条件によつて左右されるものではないという原告の主張は、本件実用新案の内容を十分綿密に理解しないために生ずる誤解にすぎない。すなわち、本件実用新案において、花弁(2)および体(3)が軸(1)に対して強い摩擦力を呈する原因は、単に孔(6)(8)の内周と軸(1)とが密着しておればよいというのではない。孔(6)の周囲が合成樹脂製の漏斗状となつているため、そこに十分伸縮性を発揮して針金に被覆したゴム・合成樹脂等の弾力と相俟つて十分強力な摩擦力を生ずるのであり、また体(3)には花弁(2)におけると同様に合成樹脂製の漏斗状部があるうえ、さらに小筒部(7)が設けられており、その小筒部(7)は、第二図に明示してあるように軸(1)を挿通した場合には、孔(8)が押し広げられて小筒部(7)の内周全面が軸と密着するのである。これは、伸縮の弾力を有する合成樹脂で造つた小筒部(7)があるために有する効果である。原告の主張する「芯材挿通部に十文字形の切目を入れ、その切片を押し開いて切目の中心に芯材を挿通した造花」や「小さ目の孔に芯材を強制的に挿入して両者を摩擦結合せしめた造花」が古くから実施されているとの点は、前者については不知後者については争わないが、いずれにしてもそれらは本件実用新案の新規性になんら関係がない。本件実用新案の考案要旨は前者の構造を含んでいるものではないし、また後者のような漠然としたことを考案要旨とするものでもないからである。なお、原告は、花弁やを上下粗密に取りつけたりその向きを変えたりすることは造花として無意味なことであると主張するが、本件実用新案は、そのような従来の考え方から脱皮して、さらに動的な造花を作ることを目的とするものであり、本件実用新案における造花の構造および作用効果は右の目的を達するためのものである。原告の右主張は的外れという外ない。その他原告の主張が当を得ないものであることは審決に説示されているとおりである。
(三) 原告主張の三の(二)について
原告主張の仏国特許明細書は本件に関する特許庁の審判においては提出されなかつたものである。本件訴訟は、右審判事件において示された判断の当否を審理するものであるから、同審決において本件実用新案が右仏国特許明細書に容易に実施し得べき程度に記載せられたものまたはこれに類似するもの、に該当するか否かあるいは右明細書と甲第一号証公報の記載から容易に実施し得べきものであるか否かが、審決の判断の対象とされていない以上、右明細書を引用して本件実用新案が同法第一条の登録要件を具備しないとする原告の主張は失当である。また、仮に右仏国特許明細書が本訴において引用し得べきものであるとしても、本件実用新案の合成樹脂製造花は、次に述べるように、右明細書に記載されていない新規な特徴を有するものであるから、同明細書の存在することは本件実用新案が登録要件を具備することを否定する根拠となすに足りないのである。すなわち、
1、本件実用新案の造花は、上周辺に花弁(2)の一端(4)を一体的に形成した漏斗状部(5)の中央に中心孔(6)を設け、中心孔(6)に、針金にゴム・合成樹脂などを被覆し上端を芯座状にし止め(9)を設けた軸(1)を挿通したものであるのに対し、前記明細書記載の造花にあつては、その第三図ないし第五図に示された花弁は中心に孔を設けてあるが、第二図および第七図に示された花弁は中央に孔を設けてなく、そして茎(4)はつなぎ(3)および花弁(2)と一体に合成樹脂で作られたものであり、その製作方法から考えると茎(4)の中に針金などの芯があるものとは考えられない。したがつて、本件実用新案の考案中の前記の点は右明細書には記載されていない。
2、本件実用新案の造花における体(3)は、中央を漏斗状とし、下部に小筒部(7)を設け、その中心に孔(8)を穿設し上周縁に片(10)を一体的に形成したものであるが、右明細書記載の造花における体(13)は、漏斗状部はあるが、本件実用新案におけるような小筒部はない。そして、本件実用新案において小筒部があることは、第二図に示してあるように小筒部(7)の内周面が軸(1)と広い面積にわたつて接触しているため、体(3)と軸(1)との摩擦結合を極めて強くすることができるという作用効果を有するのであつて、このような点は右明細書にはなんら示されていない。
3、本件実用新案の造花においては、花弁(2)を具えた漏斗状部は、針金にゴム・合成樹脂などを被覆した軸(1)にはまつており、軸(1)は適当な硬直性と柔軟性とがあり、しかも花弁(2)も体(3)も伸縮の弾力と強い摩擦力とを有するので、挿通された軸(1)の上下いずれの位置にも定着することができ、また軸(1)に対して花弁(2)体(3)の向きを変えても、その向きを変えた位置において定着することができるので、その花弁を疎密いずれの状態にすることも容易であることは、本件実用新案の説明書中に明瞭に記載されているところである。これに対し、前記明細書の造花は、その第九図に示すように、花弁(6)(8)(10)を具えた漏斗状の(7)(9)(12)台はすべてつなぎ(3)の外側にはまつているのであつて、茎(4)にはまつているのではない。したがつて、造花を組み立てたときには、茎(4)と花弁(漏斗状の台(7)(9)(12))とが摩擦によつて所定位置に保たれているものではない。
また、右明細書の記載によれば、この発明の造花はプラスチツクを鋳型に注入して得た部品を組み合わせたものであるから、その第二図および第七図から判断して、つなぎお(3)よび茎(4)はいずれもプラスチツク製のものと推測される。このような細いプラスチツク製のつなぎ(3)の束に台(7)(9)(12)をはめたのでは、その束は軟かいものであるから、台(7)(9)(12)および(13)がぴつたり密着していないかぎり、花弁はふらふらして所定の花らしい形を保つことはできないものと思われる。さらに、本件実用新案の造花におけるように花弁や(13)を挿入された軸(茎)の上下いずれの位置にも定着したり、造花を組みたてるのに、その花弁を任意に疎または密の状態にすることなどは、前記明細書の造花においては到底望むべくもないところである。以上のとおり、原告の三の(二)の主張もまた理由のないものというべきである。
第四、証拠関係≪省略≫
理由
一、被告が本件実用新案権者であることならびに、特許庁における手続経過および審決の要旨に関する原告主張の一、二の事実については当事者間に争いがない。
二、そこで、本件実用新案について原告主張の登録無効原因が存するかどうかについて審究する。
(一)、成立に争いのない甲第四号証(本件実用新案の公告公報)の記載によれば、本件実用新案の考案の要旨は、右公報記載の説明書の登録請求の範囲の項に記載されているとおり、「中央を漏斗状(5)とし中心に孔(6)を設け、その上周辺に花弁(2)の一端(4)を一体的に形成したものに於て、これを合成樹脂で形成し、又これを以て中央を漏斗状とし下部に小筒部(7)を設けその中心に孔(8)を穿設し(甲第一号証中「登録請求の範囲」の項第六行目に孔3を設け」とあるは、「孔8を設け」の誤記であることは明白である。)上周縁に片(10)を一体的に形成した体(3)を設け、然してこの花弁(2)の適当枚を適宜に重合して、その下面へ体(3)を位置させ、その孔(6)・(8)へ針金にゴム・合成樹脂等を被覆し、上端へ芯座状にした止め(9)を設けた軸(1)を挿通して成る合成樹脂製造花の構造」にあることが認められる。(別紙添付図参照)
すなわち、本件実用新案における造花は、(イ)花弁部(ロ)体部(ハ)茎軸部(ニ)花芯部から構成されたものであり、(イ)花弁部は全体を半硬質性合成樹脂(本件実用新案において用いられる合成樹脂がすべて半硬質性のものを指すことは甲第四号証公報の説明書中「実用新案の説明」の項の記載によつて明らかである。但し、以下には単に合成樹脂という。)で作り、中央を漏斗状(5)とし、その中央に孔(6)を設け、漏斗状部の上周辺に花弁(2)の一端(4)を一体的に形成したもの、(ロ)体部は、全体を合成樹脂で作り、中央を漏斗状とし、その下部に小筒部(7)を設け、その中心に孔(8)を穿設し、漏斗状部の上周縁に片(10)を一体的に形成したもの、(ハ)茎軸部は、針金にゴム・合成樹脂等を被覆したものから成るもの、(ニ)花芯部は芯座状にした止め(9)からなり、茎軸部の上端に設けられたものであつて、前記造花は、右花弁(2)の適当枚数を適宜に重ね合わせ、その下面へ体(3)を位置させ、花弁(2)の孔(6)および体(3)の孔(8)に、上端に芯座状の止め(9)を設けた軸(1)を挿通して組み立てるものであるということができる。そして、その作用効果としては、前記造花の構成および前記甲第四号証の記載を総合すると、花弁(2)、体(3)を漏斗状とし且つ体(3)の下部には小筒部(7)が設けられており、これらがすべて合成樹脂で作られているから、中心孔(6)、(8)はいずれも伸縮の弾力を有し、また軸(1)にもゴム・合成樹脂等を針金の上に被覆してあるから、これまた伸縮の弾力があり、したがつて、花弁(2)体(3)の孔(6)(8)に軸(1)をさし込むときは、(孔(6)(8)の大きさを軸(1)の太さより幾分小さくしておくことは、前記説明書の記載全体の趣旨からみて、当然に前提としているものと解される。)花弁(2)体(3)は合成樹脂の弾力により(6)(8)孔の部分で軸(1)を外周から締めるような状態で繋定し、軸(1)の被覆体による弾力と相つて、孔(6)、(8)の内周と軸(1)ととの間には強い摩擦力が働き、花弁(2)、体(3)を軸上の任意の位置にしつかりと定着できるし、また花弁(2)、体(3)を、前記摩擦力以上の力を加えて軸に対して回転させ、あるいは軸(1)の上下に移動させてそこに安定して止まらせることもできること、したがつて花弁を密生の状態にしたり疎生の状態にすることもでき、また花弁の向きを変えて変つた趣向のものに組み立てることもでき、しかも造花の組立、分解も容易であること、なお、造花としての外観も自然の花に近似し、体は花弁が垂れ下がるようなことがないように花弁をしつかりと支持して花としての形態を保ち、また花弁およびは、一体として合成樹脂製であるから量産に適し、また簡易に組み立て得る関係上比較的安価に供給し得ることが認められ、本件実用新案の目的は右のような造花を得ることにあるということができる。そして、右の作用効果中第一義的なものは、要するに、審決にも説示しているように、花弁(2)および体(3)の孔(6)(8)の内周と軸(1)の外周との間に強い摩擦があり、花弁(2)および体(3)が軸(1)の上下いずれの位置にもしつかりと定着するばかりでなく、軸(1)に対し花弁(2)および体(3)を回転させても、すなわち向きを変えても、その向きを変えた位置において確実に定着することに存するものといえるから、前記考案要旨中「中央を漏斗状(5)とし、中心に孔(6)を設けた花弁(2)を合成樹脂で形成し、また中央を漏斗状とし下部に小筒部(7)を設けその中心に孔(8)を穿設した体(3)を合成樹脂で形成し、花弁(2)の孔(6)および体(3)の孔(8)へ針金にゴム・合成樹脂等を被覆した軸(1)を挿通した」構造が特に重要な構成要件であることは明らかであり、この点に関する審決の説示は妥当といわねばならない。原告は、「花弁および体の中央部を漏斗状としその中央に孔を穿設して、これに芯座状の止め(9)を有する軸(1)を挿通した構造」が本件実用新案の重要点であると主張するけれども、単にこれだけの構造から前記の重要な作用効果が十分に達せられるものとは到底考えられないし、また、前記甲第四号証の記載からみても、単に右の構造から生ずる効果として挙げられているものは存しないことからみて、原告の右主張は妥当とは認められない。
(二)、次に成立に争いのない甲第一号証(昭和一四年実用新案出願公告第七一七一号公報)によれば、同公報に掲載されている実用新案は「セルロイド製造花の構造」に関するもので、その造花は、一枚のセルロイド薄片を任意の形状の花弁(1)に切截し、該花弁(1)の中央部に凹陥部(2)を設け、次に二枚ないし数枚の前記花弁を互いに喰い違わせてそれぞれ他の凹陥部(2)に嵌入重合し、これに芯(3)を有する細長い線条(4)を挿通して成るものであることが認められ、なお、右線状(4)は、右公報の図面と本件口頭弁論の全趣旨を総合すれば、針金に紙または布のようなものの細条を捲きつけたものであることが推認される。
次に、成立に争いのない甲第三号証(昭和二六年実用新案出願公告第九、五八四号公報)によれば、同公報に掲載されている実用新案は「セルロイド、プラスチツク製造花」に開するもので、その造花は、各種の花型に応じて形成させたセルロイド、プラスチツク製花芯(1)(2)にふくらみを与えると共に内部を中空にさせた芯体Aを作り芯体の底面に設けた窪部(3)に茎(4)の上端を接着してなるものであることが認められる。
(三)、そこで、先ず本件実用新案における造花と甲第一号証公報記載の造花とを比較してみると、(イ)その構成において、後者は前者における体部に相当するものを欠いており、(ロ)材料としては、後者は合成樹脂およびゴムをいずれの部分にも使用していない点において前者と異なるものであつて、要するに先に前者の構造のうち本件実用新案の考案要旨中特に重要な構成要件であると認定した構造を具えないものであることが明らかである。そして、両者の作用効果を比較してみても、後者の造花につき前記甲第一号証公報の説明書には、「花弁(1)を互に喰違わしめてそれぞれ他の凹陥部(2)に嵌入重合するを以て、各花弁(1)は常にその位置を確保し不規則に乱れるが如きことなく」と記載してあるが、右はその構文および前後の文旨よりみて、花弁と花弁との関係について説明したものであつて、花弁と軸との関係についての説明ではないと解される。尤も、後者の造花においても、セルロイド薄片製花弁の凹陥部(2)の――線条(4)を挿通している――孔の周縁と線条(4)の被覆体とがそれぞれ若干の弾力を有し、この両者間の摩擦が花弁のずれ(軸上の花弁の向きのいずれ)を阻止する力として作用することはこれを認め得るところであるが、前記認定のように、花弁部、茎軸部、花芯部の外漏斗状部の下部に小筒部を設けた(これにより、軸との接触面積を大きくしている)体部を具え、花弁部、体部が合成樹脂で作られ茎軸部が合成樹脂またはゴムで被覆されている前者の造花において、花弁、体と軸の被覆体とが有する伸縮の弾力および花弁、体の孔の内周と軸の被外周との摩擦力に比すれば、後者の造花におけるこれらの力ははるかに劣るものと認めざるを得ず、したがつてまた軸に対し花弁の位置と方向を移動させた場合に前記の造花におけるような安定性をもつて移動させた位置方向において定着することはできないものと認めるのが相当である。それゆえ、前者の造花と後者の造花とでは、その構造および作用効果に極めて顕著な差異があるものというべきである。
(四)、次に、本件実用新案の造花と甲第三号証公報記載の造花とを比較するに、後者は、花芯をプラスチツクスまたはセルロイドで形成するものであり、すなわち花芯がプラスチツク製であるものを含む点において、前者の形成材料と共通する点があるが(花芯以外の構成部分の形成材料については右公報の説明書には明らかにされていない。)、構成部分の点につき前者におけるような体部を欠き、また芯体の底面に設けた窪部に茎の上端を接着して造花に構成するのであるから、一旦造花に組み立てた後、軸に対して花弁の位置方向を移動させるというようなことは全く不可能であり、そのようなことは初めから考慮外にあるものということができるから、両者はその構成および作用効果において極めて顕著な差異の存することは明らかである。
(五)、以上認定のとおりであるから、本件実用新案は前記甲第一、第三号証の各公報のいずれにも容易に実施し得べき程度に記載せられているものとは認められず、また右両公報記載の各実用新案もしくはその両者から容易に推考実施し得る程度のものではないと認めるのが相当である。右に反する原告の三の(一)の主張は、本件実用新案の考案要旨およびその作用効果目的を正確に把握せず、また甲第一、第三号証の各公報に記載されている実用新案の造花の構成および作用効果を不当に拡大して解することに基くものと考えられるのであつて、他に前記認定を左右するに足る適切な資料はなく、したがつて原告の右主張は前記説示の理由に照らし採用することができない。
(六)、さらに原告は、その主張の仏国特許明細書(甲第二号証)を引用し、本件実用新案は、同明細書に容易に実施し得べき程度に記載されたものまたはこれに類似するもの、あるいは前記甲第一号公報と右明細書から容易に推考実施し得べきものであるから、登録要件を欠如する旨主張する。しかしながら、元来実用新案登録の無効審判における審決は、それが本案前の事項に基いてなされるものである場合を除き、その審判において登録無効の事由として顕出せられた特定事項についての認定を基礎とし、当該請求を認めあるいは排斥する旨の結論を示すものであり、(そして実用新案法第四一条により、実用新案登録無効の審判に準用される特許法第一六八条にいう「同一の事実及び同一の証拠」はここに顕出された特定の事項について、成立するものと解せられる。)右審決の取消訴訟は、右審決の結論の基礎となつている特定の事項についての判断を不当として審決の取消を求めるものであつて、該訴訟における審理の範囲は、右の判断またはその過程に違法があるか否かの点に限られるものというべきである。したがつて、例えば、審判において出願前公然実施されていたという事実のみが無効事由として主張されていた場合に、訴訟において新たに新規性の障碍たる刊行物を主張するようなことが許されないのは勿論、審判において引用された刊行物とは別個独立の関係にある(審判において提出せられた刊行物記載の考案にかかる物との類似性を認定するための補充的資料といつたようなものでない)刊行物の存在を訴訟上新たに引用主張して審決取消の理由とすることは許されないものと解するのが相当である。
原告は、一般の行政処分取消訴訟における場合と同様に、審決の取消を求める利益の存するかぎり審決の判断の対象とならなかつた事実についても、これを審決取消訴訟において引用し得るかのように主張するけれども、右は当裁判所の採用し得ないところである。原告の挙示する判決例は、判旨の表面上に現われた文言はともかく、当該事案の内容に鑑み、いずれも以上説示の見解を是認する根拠として適切なものとは解されない。
尤も、原告は、審判において甲第一号証公報その他の刊行物を引用したのであり、前記仏国特許明細書も右の主張を補強するためのものにすぎないとも主張しているけれども、成立に争いのない甲第五号証によれば、審判事件における原告の主張は、本件実用新案が甲第一号および甲第三号証(審判事件における甲第二号証)の各公報の記載と対比し新規性がないから登録要件を欠くというにあり、他に公知の刊行物の存することは全然主張していないことが認められる。そして、原告の三の(二)の主張の全趣旨と、前記甲第一第三号証の公報に記載されている造花と本件実用新案の造花との間には、構成部分、材料、作用効果の点からみて極めて顕著な差異の存すること前記認定のとおりであることを合せ考えれば、甲第一第三号証各公報の存在が本件実用新案の登録要件欠の主張の根拠たり得ることを補充的に理由づけるためのものとして、原告において前記仏国特許明細書を引用しているものとは到底解し得ないところであり、むしろ甲第一第三号証の各公報と対等独立の引用例として、単独に、もしくは甲第一号証公報と相俟つて(いずれにしても甲第一号証公報の補充的資料としてでなく)本件実用新案が登録要件を欠如するものであることの根拠として前記特許明細書を引用する趣旨に帰着するものと解する外はない。なお、原告は、審判事件の審理が職権主義によつて行なわれることを理由として、特許庁が前記明細書につき審理しないで本件審決をしたのは審理不尽であると主張する。なるほど、審判における審理が職権主義のもとに行なわれる建前であることは、実用新案法第四一条特許法第一五三条旧実用新案法第二六条旧特許法第一〇三条等の規定によつて明らかであるが、しかし審判において当事者の引用した刊行物以外の刊行物について審理がなされなかつたからといつて、当然にその審判の審決を違法として取り消すべき理由となすに足りないものというべきであるし、また右のことからして、審決取消訴訟においては審決で判断されなかつた独立の引用例としての刊行物の存在を新たに主張することが許されねばならないとの結論を導く必然的な関係はないものといわねばならない。以上の理由により、原告の三の(二)の主張もまた採用できない。
三、以上の次第で、本件審決に違法の点があるとする原告の主張はすべて理由がないので、右審決の取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官原増司 裁判官山下朝一 多田貞治)